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  3. 一般の方々が何かの仕事をしているように、行者は神仏への祈りを仕事にしているといういわば祈りのプロでもあります。

第20回
山口 弘美(やまぐち ひろみ)氏
大手エステティック業界でキャリアを積み、1989年に独立して最初のサロンをスタート。
婚約者や両親の度重なる死に直面するという辛い時期を過ごした後に、特有の手技と気のエネルギーをミックスさせたマッサージを展開し始める。
同時期に聖地巡礼をはじめ、奈良の大峰山の麓、洞川村で行者修行生活に入る。3年で山を下りてから、修行時代に体得した学びを生かし、さらにパワーアップしたスタイルの「チューニングセラピー」を編み出す。その技術を通して日本の女性の「心と体と魂」を活性化させるべく、日本中に「一家に一人セラピスト」を生む活動を推進中。

山口弘美オフィシャルHP
メイプルセラピーについてのHP
今回ゲストにお招きしたのは、心と体と魂の調律を図るセラピーサロン「メイプル」の代表、山口弘美さんです。山口さんはサロンの経営者という表の顔のほかに、修験道の行者という裏の顔を併せ持つ女性。約3年前に友人から紹介されたのですが、ここ1年は各地の神社にご一緒させていただく機会が増え急接近するように。その道中、山口さんから『神仏への祈り』や『先祖供養』がいかに重要かの話を何度も聞くようになりました。そんな話を聞けば聞くほど『この内容はきっと多くの人にとり必要な情報に違いない。ぜひ皆さんにもシェアしたい』と思うようになり、今回改めて山口さんに詳しくお話を伺うことに至ったという次第です。

まずは山口さんのご紹介がてら、エステティックのお仕事を始められてから現在に至るまでのヒストリーをお話しいただけますか。私はすでにほとんどの内容を伺っています。一言でいえばまさに「波乱万丈」な人生ですよね。
これでも大学生になる頃までは、普通の人生を送っていたんですよ(笑)。もともと私は看護師を、さらに保健婦を目指して看護系の大学で勉強していまして。寮に入って朝から晩まで勉強漬けというハードな生活をしながらも、将来への夢と希望に満ちた日々を送っていました。ところがその在学中に、突然父が脳腫瘍で倒れてしまったんです。幼い頃から自他ともに認める父親っ子だった私は、心配のあまり学業どころではなくなってしまって。一家の大黒柱だった父がもしこのまま働けなくなったら、病弱で専業主婦の母とまだ高校生だった弟を抱えて、この先どうやって生活していけばいいんだろうと・・・。家族全員で路頭に迷うような事態になることだけは避けたい、それには私が父の代わりに一家の大黒柱になるしかない。そう腹をくくった私は、大学をやめて働きに出ることにしたんです。
大学生の頃に、女一人で一家を支える決心をされたんですね。
そうなんです(笑)。それで、美容室で美容師見習いを始めました。手に職をつけることができるうえ、勉強しながらお給料をいただけるという理想的なお仕事だったからです。年頃の女性らしく、ヘアメイクやファッションといった華やかな世界への憧れもありましたしね。そんなわけで、私はどんどん働くことが楽しくなっていきました。やがて仕事にも慣れて2年が過ぎた頃、もっと女性の美を磨く技術を究めたいという欲を持つようになり、東京の大手エステティック会社に転職することにしたんです。
その頃にはお父様もお元気になられていたんですよね。
はい。ですからこの頃は、心おきなく自分のやりたい仕事を追及することができました。エステティックの技術や知識、サービス、経営などあらゆることについて学び、そのかたわらで美容師免許を取るための勉強も……。毎日2~3時間の睡眠しかとれなくても疲れ知らずで日々を意欲的に過ごしていました。エステティック会社の売り上げで好成績を出し、自分の仕事に自信がつき始めた頃、独立のお誘いを受け、地元の群馬に戻ってエステティックサロンを開業することになりました。
当時の山口さんは今とは全然違って、精神世界には全く興味がなく、現実主義でいらしたんですよね。
ええ、そうです。家族を養いつつ、始めた事業も軌道に乗せていかなければいけない。だから、この現実世界でどうしっかり生きていくか、ということにしか興味がありませんでした。利益とか集客とか、毎日そんなことばかり考えていましたね。事業に集中していたおかげで、お店もどんどん繁盛するようになっていきました。
そんな山口さんが、次第に見えない世界へと導かれるようになっていくという。
きっかけになったのは、当時の婚約者でした。もともと彼は心臓に持病を抱えていて、そのケアや体調管理をするために、私のサロンに通っていたお客様だったんです。うちでは病院と提携したり看護師さんが勤めていたりして、美容だけでなく健康にも気遣うような施術やアドバイスも行っていました。そういえば、この頃は洗腸療法やひまし油湿布なんかもやっていたんですよ。彼が私を頼りにするようになり、私も親身になって対応していくうちに、いつしかお互いに愛情が芽生えて、結婚を前提にお付き合いをするようになったんです。彼はずいぶん年上で経済力のある人だったので、私の仕事にも理解を示してくれ、エステの店舗を増やそうというプランにも協力的でした。
結婚を目前に控え、仕事も軌道に乗ってまさに幸せいっぱい!という感じだったんでしょうね。
はい。ところがそんな幸せの絶頂にいた私に、またしても試練が……。それは彼の突然の死でした。心筋梗塞だったんです。心臓に持病を抱えていたとはいうものの、38歳というあまりにも早すぎる死に、私はただ唖然とするばかりでした。将来の夢に向かって胸を躍らせていたときに、いきなり愛する彼を失うなんて。しばらくは現実を受け止めることができず、仏壇の前に座って泣いているばかりという状況でした。そして、日に日に深まる悲しみをどうすることもできず、精神的にどん底に落ちてしまった私は、彼の後を追って死にたいと願うようにさえなってしまって。その頃は遺書をたくさん書きましたね。

とはいえ、いざ我に返ってみると、死んでいる場合じゃないという現実もまたありまして(笑)。というのも、サロンの店舗展開をするために借りた借金が、この頃には8000万に膨れ上がっていたんです。すっかり憔悴しきった私を心配して一緒に頑張ろうとサポートしてくれるエステティシャンの仲間達の生活もどうにかしないといけない。それで何とか一念発起して、頓挫しそうになっていたサロンの出店計画をまた進めることにしたんです。

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